どうも。オノヨウヘイです。
僕は今、夜の成田空港にいます。
なぜかって?
「行ってみたい!とは言うものの結局、行けてない国ランキング1位」(小野調べ)に
君臨する、エジプトに行くからです。
しかも、今回は実の母と3泊5日のツアーで行きます。
淡々と訪れた場所を紹介する記事ですが、
最後までご覧いただければ幸いです。
今回、エジプトへは成田空港を発ち、ドーハを経由した後、カイロに行きます。
というわけで、まずは日本時間22時に出国し、ドーハに向かいます。
なお、ドーハに到着するのは日本時間9時のため、
11時間の長旅フライトになります。
また、カタールと日本の時差は6時間。
以上、ただいまの時刻は3:00になります。
こちらは、ドーハにあるハマド空港です。
そして、目に飛び込んできたのは、この巨大なオブジェ。
黄色いクマ?なんでしょうか。
なかなかの現代アートっぷりです。
なにより、このクマの背中にはライトスタンドが貫通しているんですよね。
「ライトクマンド」と言ったところでしょうか。
ハマド空港は2015年に開港されたばかりの新しい空港です。
全体的に綺麗な印象です。
おそらく、これから開通されるであろうモノレールもテスト運行していました。
続いて、こちらは様々な言語が飛び交う喫煙所。
周りを見渡しても日本人らしき人は僕しかいません。
怖かったです。
ハマド空港にて5時間のトランジットを経て、
ようやくエジプトに到着。
余談ですが、飛行機内で見た映画「レヴェナント」のおかげで
心身ともに疲れてしまいました。
しかし、今からツアーはスタート。
というわけで、僕と母のエジプト旅行記をどうぞ。
こちらがカイロ空港。
この日、初めて飛行機のタラップから降りて滑走路に立ちました。
もちろん、誰も待ってはいなかったのですが、
気分はビートルズでした。
そういえば入国する際、テロを警戒して靴を脱いでゲートをくぐったり、執拗なボディチェックを受けました。
そう考えると、無事に着くことができた喜びをもっと感じないと。ここでは、そんな気持ちで荷物を待っていました。
ここで事件です。
なんと、転んでカメラを破損させてしまいました。
砂漠の印象が強くて、カメラの中にゴミが入るのだけは恐れていたのに、むしろウェルカム状態にしてしまった。
着いた喜びから一転、僕の気持ちは急降下。
この先、この旅、どうしようか。
まだ撮れなくなったわけではない言い聞かせることしかできません。
元々、小さいことを気にするタイプですが、ガイド曰く昼食に移るみたいなので忘れます。
記念すべき1食目は「ファヒータ」という料理です。
鶏肉がぎっしり入っていて生地も分厚いので食べこたえ十分。正直、味は美味しくなかったですが、この味も旅だと思えば絶品ですよ。
昼食後、久しぶりのタバコを吸っていると今回のツアーの護衛係、エブラハムさんが近づいてきました。遺憾なくジャケットの裏に隠してあるゴッツイ銃を見せられタバコを要求されました。
治安も悪いけど、この人のアプローチも怖いし言葉は通じない。
そんな状況で結局、タバコ5本とお気に入りのフリクションボールペンを献上し、満足そうなエブラハムさんと僕です。
エジプトだけかわかりませんが、ボールペンをあげると喜ばれます。これはエブラハムさんがジャイアンな性格なわけではありません。
もちろん、日本製のノック式ボールペンは需要があるそうですが、大きな理由は「日本人観光客はペンをばらまく変な習慣がある」と思われているんだそうです。
要するに仲良くなるためのコミュニケーションであり、チップ感覚なんで行く機会には百均でもいいので持っていくと便利かもしれません。
続いてオールドカイロというカイロの一部に向かいます。
ちょっと、猪木のモハメド・アリを想像しませんでしたか?僕自身がしてしまったんですけど、ここはエジプトで一番人気のあるモスクになります。
オスマン帝国(今のトルコ)から派遣されたエジプトの支配者であるモハメド・アリが着工したモスクなんです。トルコの影響が大きいため、他のモスクと違う構造しており、イスタンブールの大聖堂と似ているんです。そう言われるとトルコで見た気がしました。
こちらが母とのツーショット。
やっぱり、母との写真となると、この距離間になりますよね。
モスクの中は別世界が広がります。高い天井の隅々まで描かれ、一際目をひくシャンデリアの光は時の流れを忘れるほど壮観でした。
「征服の門」と呼ばれるフトゥーフ門は円筒形で最北に位置し、敵の侵入を防いだ門になります。
もう一方、ナスル門は「勝利の門」と呼ばれ、長方形で軍事的工夫が施された門になります。昔、ナポレオンもカイロ侵攻の際に用いたそうです。
門の写真が悪くてごめんなさい。
フトゥーフ門、ナスル門の裏にある出店商店街です。ここは正直、品物は良くありませんでした。でも、人の賑やかさは素晴らしかったです。
僕はディズニーのアラジンが好きなので、そんな街並みを連想できて楽しかったですね。
その反面、エブラハムさんは目を光らしていたし、たくさんの小さい子が仕事をしていました。それだけ危険なのだろうと思いますし、行きていくのに大変な地域なんでしょう。
個人的には、どれも値段の定価がわからないので行くだけで良いと思います。
案内する人や護衛がいないと少し怖いので雰囲気を目当てにどうぞ。
エジプトのお土産といえば何を思い浮かべますか?僕は恥ずかしながら砂しか考えつかなかったです。もう高校球児ばりに集めることしか頭にありませんでした。
ですが、実はエジプトにはパピリスという伝統的な紙があるんです。日本でいう和紙ですね。
英語の「paper」の語源もパピリスから来ているほどです。
紙の名前の通り、パピリスという植物を薄く切り、伸ばして作っていく説明を受けました。
そして、エジプトではここに絵を描いていきます。
全て絵の具と筆で仕上げているそうです。近くで見たからわかるのですが、グラデーションであったり、均一に書かれた線がとても上手でした。
こちらが購入した絵です。
ごめんなさい、意味を忘れてしまいました。
1日目は以上でホテルに戻り、ホテルバイキングを食しました。
生野菜はお腹を壊すのが怖かったのと、ヨーグルトサラダが苦手だったので男らしい盛り付けです。
今回、泊まるホテルはモーベンピックホテル。
一般的にイメージするビル型のホテルでなく、南の島にあるようなコテージ型のホテルです。
長旅の疲れがありましたが、せっかく来たのだからと身体にムチを打って夜のエジプトを探索しに行きました。
存分に楽しもうとした気持ちとは裏腹にびっくりするぐらいホテルの周りには何もなく、終いにはアラビア語で絡まれて散々な結果に。
そして、覚えたてのアラビア語を使い僕がホテルに戻るのには、そう時間はかかりませんでした。
今日は目玉スポットを書いていきますが、その前にエジプトの交通規制が緩すぎな件です。もう、みんな車の運転が上手いから成り立っているだけですよ。渡る人も平然と飛び出してくるし、車も二車線なのに3台が並走しているし、交通ルールを守らない状況を目の当たりにした朝からスタートします。
ギザには三大ピラミッドと呼ばれる3人の王が建てたピラミッドが3つ、並んでいます。
1.クフ王のピラミッド
2.カフラー王のピラミッド
3.メンカウラーのピラミッド
大きさが全て異なりピラミッドの角度は多少の差はあるものの、50度ちょいで建てられています。
ちなみにクフ王が建てたピラミッドが1番、大きいのですが伝わるでしょうか?
これはピラミッドの真ん前になります。
これが彼女だったら、もっと笑顔なんだろうか…
三大ピラミッドを背景にした写真も撮りました。
決してマザコンなわけではありません。「旅行とは誰と行くかじゃない、何処に行くかだ。」って聞いたことがあります。
初めてラクダに乗った僕と母の動画も貼っておきます。
https://youtu.be/QysHfEgRM3Q
https://youtu.be/SDnYAWa6NA0
続いてスフィンクスです。もっと凛々しい顔かと思っていましたが長い歴史のせいでしょう、鼻がないことにビックリしました。
顔が人間で身体がライオンの像を作れって言われて、みんな疑問じゃなかったのかな…
後ほど、フリー素材で公開するので欲しい方は是非、保存してくださいね。
こちらは先ほど出てきたクフ王のために造られたといわれている太陽の船です。これが土の中とはいえ、5千年前の物って考えると意味がわからない領域になりました。
急ではありますがピラミッド前で吸うタバコうめぇ〜!!!!
メンフィスは世界で一番、古い街であり、エジプト古王国時代の首都でした。屋内には15メートルほどあるラムセス2世像。
屋外にもラムセス2世の立像があります。
このポーズ、よく見ますよね?ガイドさんに聞いたところ昔、太陽に沈む方角、西があの世・来世を意味していて、これから向かう=まだ生きているポーズということで左足を出しているそうです。
反対に死んでいるポーズは両足が揃ったかたちになるそうです。
今年は、このポーズを推していこうと思います。
クフ王の父であるスネフェル王が建てたピラミッドになります。
なぜ、途中で屈折しているかは諸説あり、一つ目は勾配が急すぎて危険であると判断された説、二つ目は工事中に王が倒れ、急いで完成させようとした説、三つ目は上エジプトと下エジプトの統一を表している説があるようです。
こちらもスネフェル王が建て、表面の花崗岩が赤く見えることから赤いピラミッドと呼ばれています。
人類最古の石像遺跡と言えば、この階段ピラミッド。
1992年の大地震で頂上部が陥没し、修復中のピラミッドです。ただ、エジプトの修復予算が枯渇し、ピラミッドの一部は崩壊していました。がんばれ、エジプト!!
関係ありませんが、この階段ピラミッドで撮れたお気に入りの写真がこちらになります。
日本にいたら駅前でワンカップ飲んでそうですよね。
僕自身、エジプトの絨毯って印象がなかったのですが今のエジプトでは、トルコの影響からか観光産業の一環として絨毯を作るようになっています。
また、子供の小さい手は細かい模様を織るのに適しているため学校として絨毯工場に入れさせているそうです。
凄いけど、複雑ですよね。
今夜はナイル川をクルージングしながらの晩飯でした。エジプトは基本的に鶏肉が多くて美味しかったんですが僕のお気に入りはビールでした。
イスラム教なので、お酒自体、置いていない店が多いんですけどエジプトはステラビールかサッカラビールの二択です。
ベリーダンスについては評価しがたいので画像だけ失礼します。
ここでは、おっぱいが大きいセクシーなお姉さんにダンスに誘われましたが断りました。だって大勢の中国人がその前にバンバン盛り上げていたし、隣にお母さんがいる中でおっぱいが大きいセクシーなお姉さんと踊るなんて罰ゲームでしかないでしょ。
けれど、ここで僕は思いました。中国人から、こう思われているんじゃいかと。
楽しい飲みの席で女性に踊らないかと誘われて断るなんて最低だと。やっぱり日本人はシャイだと。酒の席での盛り上げ方も知らないのか、日本人はと。あいつはピラミッドさえ見れれば良かったのか、このマザコンロン毛野郎がと。
悔しいですね。せっかくエジプトまで来たんだ、逃げてどうする。俺はバカかと自分を疑い、心の中で葛藤していました。
そこに、また腰を激しく揺らしたおっぱいが大きいセクシーなお姉さんが惜しげもない笑顔を武器に寄ってきてダンスに誘ってくれたので、俺も漢だと言い聞かせた上で満を持して断ってやりました。
すると、どうゆうことでしょう。バックダンサーの男まで近寄ってきて誘ってきました。
奴らには空気を読むなんてことよりも楽しければ大丈夫っていう大学生飲み会のような感覚が強いんだろう。もう一軒だけ行こうよのノリ。
僕は過去、類を見ない本気でNOと言いましたが男は力が強い。掴んだ手を離そうとせず、ずっと笑顔で一緒に踊ろうぜっぽいアラビア語を言ってきました。隣にはおっぱいが大きいセクシーなお姉さん。
ここで逆転の発想です。
今、船の上にいる現地民、中国人、母に見られるという事実は苦行かもしれない。でも、小野便利屋の記事に写真があったら面白いんじゃないかと。
そう、過ぎった瞬間に僕はおっぱいが大きいセクシーなお姉さんとバックダンサーと前に出て踊りました。
そんな酔ってなかったので恥ずかしさの極みでしたが、イエローモンキーパワーを出したつもりです。
けれど、母は見ていただけで写真には収めていなかったみたいです。
ふざけんな、返せ、俺の勇気。
最後、関係ないことで長くなりましたが2日目は以上です。
来る前はエジプトに着いただけで疲労感がとてつもなかったですが、あっという間の最終日。
ここで豆知識です。走っている車の半分以上は韓国車です。韓国メイカーの車工場がエジプトにできたらしく安く買えるそうです。次に日本車かボッロボロの車、少数でドイツやイギリスなどのヨーロッパ産でした。
それでは、あと少しなのでお付き合いください。
帰国する前の最後の観光地はエジプト考古学博物館です。
こちらには20万点以上のエジプトの遺物が展示されています。歴史好きからしたら宝の山ですね。
5000年以上にわたる古代エジプトの歴史と文化を知ることのできる貴重な博物館なのでこちらも来る価値、大アリでしょう。
実際、とても広く展示物も多かったので、これがこうとか、あれがそうとか一点一点の説明は省きます。
これは、なんかわからないけど可愛かった。
一応、メインであるツタンカーメンとミイラについて書きたいと思います。
みなさんはなぜ、ツタンカーメンがここまで有名なのかご存知ですか?
エジプトの長い歴史の中でツタンカーメンが王だった期間ってわずか9年しかないんですよ?
しかも9歳の時に即位し、18歳でなくなった王です。それなのに、ここまで有名になった理由は、ほぼ完全な形で発見されたからなんです。
1922年に考古学者ハワード・カーターにより発見され、3000年以上の歴史を経たにも関わらず、ほとんど盗掘されなかったんです。
黄金のマスクを始めとする、約二千点もの副葬品が無事に発見されたことから有名なファラオに君臨したんです。
ちなみに業績で言うと、大きなピラミッドのクフ王やメンフィス博物館のラムセス2世の方が上です。もし、クフ王が完全な形で発見されていたらツタンカーメンの約三十倍の副葬品が埋葬されていたと推測されています。
それでは、お待ちかねの上野ではなく、カイロで見たツタンカーメンです。
中は撮影不可なので、この距離からで失礼します。
ミイラは撮影NGだったので感想のみです。
初めて見たミイラは「美しい」という言葉がふさわしいかわかりませんが、そんな印象でした。
髪の毛や歯が残っていたことに対して驚いたのもそうなんですが、実にキレイだったんですよ。
髪の毛は少ないものの、しっかりと色が入っており確認できましたし、歯はつくりものなんじゃないかと疑うほど白くしっかりと残っていたんです。
この時代まで腐敗させない技術と考えは素晴らしい。
そして、この後はカイロ空港近くのショッピングモールでローカル感に触れ、3日目を終えました。
帰り方は行きと同じルートを戻るだけになります。
ここまで登場しなかったのですが、現地ガイドのアジさんとツーショットでエジプトとお別れです。
良いショットを撮ってあげたのに、
俺の下手かよ。
以上で僕のエジプト日記は終了します。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。>
最後は母とのツーショットでお別れです。
本当は成田空港で撮りたかったのですが、バスの時間がギリギリだったので大宮駅お許しください。